ライトノベルのタイトル研究2


タイトル研究2ではまた「小説の秘密をめぐる十二章」に戻ります。

小説の秘密をめぐる十二章 (文春文庫)

小説の秘密をめぐる十二章 (文春文庫)


この本では小説のタイトルをどうつけるべきと書いてあるか。


まず「タイトルを人名にするのは避けた方がよい」とあります。
なぜか。
それは、日本人の名前は漢字で構成されていて、漢字一文字一文字が意味があるので、
その意味に縛られてしまいがちだからです。


次に「タイトルはネガティブなものを避けるべき」とあります。
ネガティブなタイトルを選ぶということは、創作の姿勢がネガティブな方向に陥っている恐れがあり、
もういちど考え直した方がよい、というのです。
著者は改めて自作の「雪」を引き合いにして、「『雪』は標題さながらに溶け去り」と言い切っています。


ただ、単純にネガティブな言葉を避けるという意味合いではなく「瘋癲老人日記」のような場合は、
ネガティブと捉えがちな言葉を敢えて使うことによって強さをはらんでいるのでよい、と補足しています。
涼宮ハルヒの憂鬱」の場合も、弱々しい憂鬱ではなく、
その憂鬱が周囲の人間を巻き込む力強さを持つものだから、ネガティブな印象を与えないのだと思います。


著者が見事なタイトルとして褒めているのが「卍」。

卍(まんじ) (中公文庫)

卍(まんじ) (中公文庫)


著者によると「卍」は谷崎潤一郎が女性の同性愛と心理的マゾヒズムに取り組んだ意欲的作品です。
なので、タイトルには女性の同性愛、または心理的マゾヒズムを表すようなものがふさわしいけれど、
女性の同性愛を表すだけでは表面的になぞっただけのものになってしまうし、
心理的マゾヒズムを叶えたいというモチーフを表したものだけでは狭すぎる。
そこで、モチーフに直結している四人の男女の関係を表した「卍」というタイトルがつけられた。


からみあった様子を表す「卍巴」という言葉の用法を敢えて破り、
「卍」一文字だけにして、漢字の造形にその意味を託し、
テーマやモチーフを含んでいなくてもかまわないという力強さを持っていることを
著者は評価しています。


なかなかこう簡潔で、力強く、なおかつ小説の全体をつかんでいるタイトルをつけるのは、
できないものだと思います。


ちなみに「卍」は映画(増村保造監督版)も素晴らしいです。

卍 [DVD]

卍 [DVD]


DVDのパッケージは岸田今日子若尾文子という名女優にして濃い女優が写っていますね。
この二人の同性愛のやりとりも強烈なんですが、
映画後半では船越英二が前半の影の薄さを全く忘れさせる存在感を発揮します。
もちろん小説にもその構造はあるんですが、
映画でもしっかりそれが成立していますね。